ファシズムとは何か、を一般的に定義するために、ほかの思想なりイデオロギーなりと比較しようとすると、ファシズムという語が拡散し、本来の歴史と文化の考察が軽んじられてしまうという困難と混乱が生じる。
ただし、19世紀のある時期にイタリアで形成されたあるイデオロギーをファシズムと名付けることは可能である。そして、その罪の深さから成る負の絶対性ゆえに、第二次世界大戦後は、相手を攻撃するさい、その思想的立場がどうであれ「ファシスト」という烙印をおすことは国際関係上の戦略的に極めて有効であった。
ファシスト党統帥・ムッソリーニの下、国家の利益に反するとされる行為や思想は抑圧された。ドイツのナチズムと比較し、イタリアのファシズムは監視がゆるやかであったとの説もあるが、ムッソリーニ時代のイタリアでは、水面下で、ファシスト・イデオロギーに抵触しないものや、それに抵抗しさえする文化面での様々な目論見がなされていた。
ウンベルト・エーコは『永遠のファシズム』の中でこう言っている。「ナチス建築はひとつ、ナチス芸術はひとつです…。反対に、ファシズムの建築家は何人もいて、かれらの建てた似非コロッセオの横には、グロピウスの近代合理主義の息吹をうけたあたらしい建築物も並んでいるのです』。
つまり、ナチス・ドイツが芸術を、確固たるコンセプトを元にシンボル的に使用したのに対し、イタリアでは、エーコの言葉を借りると「ファシズムは一枚岩のイデオロギーではなく、むしろ多様な政治・哲学思想のコラージュであり、矛盾の集合体」であったため、その陰でそれ以前の時代にはなかった新たな表現形態が生まれていた。そのなかで特筆すべきは、イタリア・ファシズムと切っても切れない関係をもつ未来主義である。
1909年2月に「未来派創立宣言」が、詩の雑誌『ポエジーア』を未来主義運動の母体とし、第一次世界大戦では参戦派として様々な運動を展開したフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティによって、フランスの日刊紙『フィガロ』に宣言された。
以降マリネッティを指導者とする文学者や芸術家は「未来派」を名乗り、前衛的な芸術運動を開始した。この運動はイタリア以外にもヨーロッパ・南北アメリカに波及することを目論むものであった。実際、未来主義は広範な地域で反応を起こし、前衛精神を刺激した。
産業革命以降の、封建社会から資本主義社会への転換に伴う社会情勢の劇的変化と科学技術の進歩による大量殺戮兵器の投入される近代戦争への変容による旧来の価値観の変容、それに伴う社会不安のを背景にして生まれた表現主義芸術の影響を受けつつも、未来派は、より純粋に肯定的に、近代文明の産物や、機械の登場により生まれた新たな視点を、芸術に取り入れようとした芸術革新運動である。まず伝統的なイタリア文化にたいし死を宣言しその後の再生を祈願した。彼らは文化の全ての領域(美術・音楽・演劇・文学など)を点検し、新しい文化を創造しようとした。
未来派創立宣言の「われわれは、世界の唯一の健康法である戦争、軍国主義、愛国主義、無政府主義者の破壊的な行動、命を犠牲にできる美しい理想、そして女性蔑視に栄光を与えたい」(以上井関正昭訳)という言葉のように、未来派の芸術家たちの一部はやがて、好戦的で戦争や破壊を新しい美とする部分の認識で共通していたファシズムの政治運動と結びついていく。マリネッティ自身も、右翼行動団体「戦闘ファッシ」(イタリアファシスト党の前身)の一員だった。1914年に第一次世界大戦が勃発したが、イタリアは「中立」という立場をとり、参戦を見合わせた。しかし、未来派はこの政策に異議を唱え、ミラノ市内でオーストリアの国旗を焼くなどの激しい反対運動を開始した。さらに、いっこうに「中立」の立場を変えない政府に対して「反中立服」を作成して街頭を行進した。このような運動が直接の理由ではないかもしれないが、世論は参戦へと傾き、政府も中立政策を撤回した。しかし、1920年5月にムッソリーニが「国王及び教皇の追放」という未来派の要求を排した事などから、マリネッティを始めとする未来派の多くが党から脱退した。1922年には共産主義の文化組織が主催する未来派の展覧会が複数開かれるが、ムッソリーニ政権が誕生した1923年にマリネッティは未来派とファシズムの友好関係を謳う声明を発表し、1924年に再びマリネッティはファシスト党へ再入党する。その過程において、思想的矛盾やファシズム政党への反発などにより芸術家達の内部離反を招き、ピアノやヴァイオリンといった伝統的楽器に疑義を出し、ノイズを演奏する電子楽器「インロナルモーリ」を製作し「ノイズ音楽」を実践したルッソロやカッラやセヴェリーニのような美術家も非政治的な立場をとり、独自の絵画表現を探求していった。
10年代にはヨーロッパの芸術表現の先端に立つような実験的手法を駆使して表象芸術の領域で目覚ましい成果をあげていたのに、20年代になると未来派の創造行為はしだいに勢力を失い、ファシスト国家の文化製作に追随するようになってきた。
ムッソリーニもロシア革命に倣って22年の政権奪取を「ファシスト革命」と呼んだが、国王と教皇を掌握することは不可能であり、自らが元首となるのは不可能だった。そこで、新しい政党の思想傾向を「前衛」と規定して体制の革命性を国民に訴えた。
この「前衛」という共通項がファシストと未来派を結びつけたのである。
マリネッティはファシズム=前衛という理念に従って表現活動を続けた。一方ムッソリーニのほうは体制を確立すると芸術的な前衛への支持を放棄したのち社会情勢の混乱からの「正常化」という名の保守的な、国家に奉仕する芸術様式を要請しはじめた。
29年、ファシスト政府はイタリア王立翰林院を設立し、会員に任命することによってファシズムを支持する文化人に栄誉を与えた。
無論マリネッティも選ばれたが、その時にはもう彼の未来派としての革新性は失われていた。未来派が展開した演劇的な集会や街頭パフォーマンスはファシスト国家の大衆戦略のなかに吸収されていった。
イデオロギーを伝達するのに適した媒体としての表現芸術のひとつに、音楽がある。オペラの盛んな二国、イタリアとドイツが全体主義的イデオロギーに支配されたことにはある種の必然性があった。群衆が一体となってある歌を合唱するとき、個人は意識の外に飛び出して、ある精神高揚状態、いうなればトランス=憑依のような状態となる。ここにおいて、音楽は酩酊を増幅し認識力を鈍化させる効果を発揮する。
ファシスト時代のイタリア国歌は、考えてみれば違和感をきたすものである。国民はみな「青春よ、青春よ、美しさの春よ」と歌ったのである。一見して、この歌詞にはファシズムを読み取ることはできない。しかし、未来派たちが文化も社会もすべて老衰の兆候をみせていると断じたイタリアには「死と再生」が必要である、というイデオロギーが「青春」という日常的な語に盛り込まれたのである。抜本的な改革をして老衰したイタリアを回春させようとした「青春」がファシズムの象徴となった。「青春」は本来ファシズムの歌ではなかったが、ファシスト政権が発足すると国歌に等しい歌と規定された。国民は「青春」を歌っているうちに、いつしか体制への批判精神を忘れ、支持していくようになった。
ファシスト体制は未来派と異なり伝統的なイタリア文化をことごとく否定した訳ではない。古代ローマ文化と政治を賛美し、それをファシズムの「偉大さ」に強引に結びつけた。ファシスト政権が発足したとき、古代ローマのみならずルネサンス期からバロック時代にかけての美術も再評価され、一種の「先祖返り」的風潮が広がったが、これは国民に集団的な幻想を植え付けようとするファシスト国家の戦略ともいえた。ムッソリーニは国民の虚栄心を刺激することによってナショナリズムを喚起しやすくなるという効果を知っていた。
ムッソリーニは言う。「政治が芸術であることは疑いない。もちろん科学ではない。だから芸術なのである。」
「政治」=「芸術」、すなわち「政治家」=「芸術家」という結論を導き出す。
詰まるところ絵画の主題はファシズムでなければいけない。「政治」=「芸術」が、芸術は政治に奉仕しなければならないとすり替わってしまった絵画や建築はファシズムのプロパガンダの役割をはたさねばならぬと考え始めた。
全体主義国家の頂点にいる権力者が、芸術的表現よりイデオロギーを上位におくのは必然的なことである。このようにして、芸術はファシズム体制をより強固にする手段として用いられたのである。
Beautiful thing, you lock your sights, your hands are trembling
Savoring the taste of flesh and bone
Another one found, the rain it pounds, and something looks the same
Innocence, you crave it black and cold
Take it down now, throw it down, all you men wear that crown
Beautiful things, what would you know, you’re rotting from within
The only self you care for is your own
Another one found, the rain it pounds, and something looks the same
Pure young skin, there’s madness in your sin
Take it down now, throw it down, all you men wear that crown
Are you afraid to close your eyes
Afraid there’s nothing left to die
On hills of ice there burns a fire
I’m coming for you from behind
Crazy young man, you think you found, an alibi in privilege
You’re hollow inside, it bothers you, I know
You try and fill it in, you’ll never win, you’re running just the same
The thing you hate the most, a pure soul
Look around boy, look around, see you’re all alone now
Shut out the noise that fills your mind
And in the end you’ll see your life
You’re burning up before the fire
You never heard me from behind
Sometimes I have dreams, of life,
And all that dies comes back to grow, it’s beautiful, ahh
So no, you’ll never really know
You’ll never really know
You’ll never even know, your final breath
お前は兎に角美しく見えるものが好きだろう
一番気にしているのは舌触り
見付かっている被害者には共通の特徴がある
それはお前の好む若さと擦れていない新しい肌
私には判っている「お前が男だ」ということ
お前の美意識めいた趣味の品性に驚かされる
一番気にしているのは鏡の中
見付かっている被害者には共通の特徴がある
それはお前の求める若さと摺れていない純粋な目
私には判っている「お前が男だ」ということ
目を閉じろ
途端に己を失うだろう
お前は前後不覚となり背後から忍び寄る私の気配さえ認識出来ない
お前は名刺を持つだけでアリバイを成立させた
一番誤算しているのは自分の穴
掘った所を埋める義務から逃れる加害者の共通点
若さと掏れてない単純な魂を妬む不注意さよ
誰もが知っている「お前が男子の典型だ」と
耳をふさげ
途端に我に返るだろう
初めて体温を自覚し背後から忍び寄る私の笑い声さえ確認出来ない
四季が巡り生命は芽生える
何一つ傷付けることなく死を受け入れる者の美しさよ、噫!
それをお前は知らない
お前は美を分からない
・・要するに『死』も